編集部:
『終活整理手帖』の特別企画として、終活のプロフェッショナルにお話を伺う対談企画ですが、今回、行政書士の瀬戸先生が当企画に初登場してくださいまして、さらに記念すべき初回のゲストで来てくれた税理士の油野先生が再度ご登場いただき対談をさせていただこうと思います。
よろしくお願いいたします!

画面左より(敬称略)

瀬戸 孝之 (せと たかゆき)
行政書士/せと行政書士事務所

油野 佳美 (ゆの よしみ)
公認会計士・税理士/油野佳美公認会計士・税理士事務所
瀬戸:
せと行政書士事務所の瀬戸孝之と申します。
行政書士として相続や家族信託、任意後見などを取り扱いながら、不動産やFPの専門知識も生かして、シニア世代の終活や資産承継をサポートしています。
油野:
公認会計士と税理士をやっております油野です。
この苗字、非常に珍しい苗字でして、この名前の税理士は、日本に私一人しかおりません。
相続に特化した税理士事務所を開業しております。
認知症と一般的な相続の違いとは?

編集部:
行政書士と税理士という違う職種のお2人ですが、実は以前から繋がりがあるとお聞きしまして…。
油野:
私は一般社団法人「日本認知症資産相談士協会」の北大阪支部長をしておりまして、瀬戸先生はそこのメンバーなんです。
瀬戸:
もともと私自身も他の行政書士何人かと社団法人を立てて終活関連のセミナーとかをやっていまして、その時に油野先生と知り合い、何度か共同でセミナーもさせていただいてたんです。
そんなある時に、別の知り合いから日本認知症資産相談士協会さんの勉強会に誘われて行ったら、そこの支部長が油野先生というのを知って、驚いたんですが喜んで加入させていただきました。(笑)
油野:
なので、今日は是非、そんな瀬戸先生との縁となったテーマ「認知症と相続」についてお話ししていきたいなと!
編集部:
是非、お願いします!
早速なんですが、まずは認知症における、一般的な相続との違いについて教えていただけますか。
油野:
私は、税理士として相続税の申告に携わっていますが、亡くなった方が生前に認知症であったかどうか自体は、相続税の計算の時点では直接関係ありません。
違いがあるのは生前ですね。
瀬戸:
はい、認知症などで判断能力が低下すると、生前贈与や生命保険の加入、不動産の売買など、本人の意思確認が必要な法律行為が難しくなる場合があります。
だからこそ、判断能力が十分にあるうちから備えておくことが大切なんです。
編集部:
あ、以前、弁護士の中島先生と佐藤先生の対談で、認知症を取り巻く遺言の有効性についての“争続”に関してお伺いしました!
(※詳しくはコチラ)
油野:
まさに、そうなんです。
判断能力が失われると、遺言書を作成することも難しくなります。
贈与税ゼロで親の資産を守る「家族信託」
編集部:
そうなると、認知症になる前からの早めの準備が非常に重要ということになるかと思いますが、できる対策ってどのようなものがあるんですか?
瀬戸:
事前に検討できる対策はいくつもあります。
金融機関や保険会社のサービスのほか、遺言、任意後見、そして個人間で契約する「家族信託(民事信託)」などがあります。
編集部:
特に注目の集まっている「家族信託」とはどのような制度ですか?
瀬戸:
家族信託は、一言で言えば「財産管理の家族間契約」です。
例えば、高齢の親が振り込め詐欺に遭わないよう、子供が通帳やカードを預かって代わりに手続きをするケースがありますよね。
それを法律的に正しく契約として結び、子供(受託者)が親(委託者)のために正当に口座管理や不動産管理を行えるようにする仕組みです。
編集部:
家族信託を結んでおけば、親が認知症になった後でも財産の出し入れができるのでしょうか。
瀬戸:
はい。
親の代わりに受託者として管理権限のある子供が口座を作ったり不動産の売却手続を行ったりできるようになります。
あくまで管理権限の委譲ですので、贈与税が発生することもありません。
編集部:
まだ「家族信託」という選択肢自体が一般に浸透していない印象もありますね。
実際、私も初めて知りました!
油野:
そうなんです。
だからこそ私たちは協会を通じて、こうした制度を知っていただく活動をしています。
手続きを行える専門家を探し、選択肢を知っていただくことが第一歩です。
手遅れになる前に!準備を始めるべきタイミング
編集部:
でも、待ってください。
その「家族信託」を結ぶという行為も、ある意味、契約行為ですよね?
ということは、認知症が進んで契約内容を理解・判断できなくなってしまうと、その信託契約も結べなくなるということですか…?!
瀬戸:
その通りです。
大切なのは病名そのものではなく、本人に契約に必要な判断能力があるかどうかです。
判断能力が大きく低下すると、先ほど油野先生もおっしゃっていたように、本人が契約して選べる対策はかなり限定されます。
だからこそ、判断能力が十分にあるうちに、家族信託が必要かどうかを検討しておくことが大切なんです。
編集部:
とはいえ、認知症は突然発症するものではなく、徐々に進行していくものじゃないですか…。
油野:
確かに、認知症はある日突然なるものではなく、調子の良い日と悪い日があったりしながらグラデーションで進行します。
瀬戸:
家族信託の契約は公正証書で作成することが多いですが、法律上必ず公正証書が必要というわけではありません。
いずれにしても、本人が契約内容を理解して判断できることが重要です。
信託契約書は非常に複雑な内容ですので、認知症が進行してしまうと契約自体が難しくなります。
油野:
判断能力が大きく低下してしまうと、本人の意思で選択できる対策が大幅に限られてしまいます。
ですから、「怪しいな」と感じた時点ではなく、元気なうちから早め早めに動くことが大切です。
編集部:
ちなみに、具体的に、どのタイミングまでに信託の手続きを済ませるべきか目安はありますか。
油野:
私はよく「お孫さんが生まれたら相続対策を考え始めてください」とお伝えしています。
家族構成が固まり、選択できる対策のカードが増える時期だからです。
50代・60代から、家族構成や財産状況に応じて、早めに相続対策を検討することをおすすめします。

最も恐ろしい残された側が認知症のケース
編集部:
ここまで、亡くなった本人が認知症だった場合のリスクについて伺ってきましたが、逆に残された相続人が認知症だった場合はどうなるのでしょうか。
油野:
なかなか鋭いですね~。
実はこちらの方が、実務上は非常に大きな問題になりやすいケースなんです。
瀬戸:
例えば父親が亡くなり、相続人が認知症の母親と子供たちだとします。
有効な遺言書で財産の分け方が定められていれば原則としてその内容に従いますが、遺言がない場合は?
編集部:
(これは、過去の対談でも出てきた!)
相続人全員で「遺産分割協議」を行わなければならない…はず!
瀬戸:
正解です。
ただし、相続人の中に認知症などで判断能力が十分でない方がいると、遺産分割協議を有効に行えない場合があります。
その場合は成年後見制度を利用して代理人を選任するなどの対応が必要となり、分割協議がなかなか進まないことがあるんです。
編集部:
具体的にどのような問題が発生するのでしょうか。
油野:
まず、相続税の申告において「未分割申告」をせざるを得なくなります。
未分割の場合、当初の申告では「配偶者の税額軽減」や「小規模宅地等の特例」を原則として適用できないため、一時的に税負担が大きくなる可能性があります。
瀬戸:
さらに、亡くなった方の銀行口座は、金融機関が死亡の事実を把握すると原則として取引が停止されます。
遺産分割前にも一定額の預貯金を払い戻せる制度はありますが、それだけでは納税資金が不足することもあります。
その場合、相続人が別途納税資金を確保しなければならない可能性があります。
最終手段としての後見制度と法改正の動き
編集部:
もし家族が認知症になり、遺産分割協議が停止してしまった場合、救済措置や解決策はあるのでしょうか。
瀬戸:
一応、その場合のセーフティネットとして「法定後見制度」があります。
家庭裁判所への申立てにより、判断能力の程度に応じて成年後見人等が選任され、必要な範囲で本人を支援・代理する仕組みです。
選任されるのは弁護士や司法書士などの専門職とは限らず、親族の場合もあります。
油野:
ただし、従来の法定後見制度では、開始後に本人の判断能力が回復しない限り、原則として制度の利用を終了することができず、後見人等への報酬も継続的に発生するという課題がありました。
編集部:
何十年も利用し続けると、かなりの費用負担になってしまいますね。
油野:
はい。
そのため使いづらい制度との指摘もありましたが、2026年6月17日に成年後見制度を見直す改正法が成立し、同月24日に公布されました。
後見・保佐・補助を補助制度に一元化し、必要な範囲で利用できるようにする内容です。
瀬戸:
ただし、改正された制度はまだ施行されていません。
成年後見制度に関する改正部分は、2026年6月24日の公布から2年6か月以内に、政令で定める日に施行されます。
必要性に応じて柔軟に利用できる制度になることが期待されています。

認知症だけじゃない!脳梗塞など突然の意思表示不能にも備えよう
編集部:
ちなみに、認知症と少し話題がそれてしまいますが、意思表示ができなくなるという観点でいうと、突然の病気や事故のケースではどうなるんでしょう?
油野:
そこも注意すべきポイントですよね。
認知症のように徐々に進むものだけでなく、脳梗塞などで突然倒れ、意識不明の寝たきり状態になってしまうケースもあります。
実際に、親から相続した不動産の名義変更をしないうちに、相続人の一人が脳梗塞で倒れて意思疎通ができなくなってしまうなんてケースもありえます。
編集部:
売却して治療費に充てたい場合でも、本人の意思確認が難しいと、手続きが止まってしまうことがあるのですね。
油野:
はい、相続人の一人が意思表示できない状態になると、売却などの手続きが進められなくなる可能性があります。
こういった事態は誰にでも起こり得ます。
瀬戸:
だからこそ、「兆候が出てからやる」ではなく、元気なうち・若いくらいから万が一の備えをしておくことが大切です。
油野:
いずれにせよ、なにか起こる前に、ご自身の希望や家族の状況に応じて、遺言書や家族信託、任意後見などの対策を早めに検討しておくことが大切です。
編集後記
今回の対談では、認知症や突然の疾患による「意思表示不能リスク」が、相続手続きや節税対策、さらには家族の生活資金にまでどれほど大きな影響を与えるかを浮き彫りにしました。
本人が認知症になった場合だけでなく、「相続人の中に認知症の方がいる場合」に生じる資産凍結や税率上のデメリットは、多くの方にとって盲点だったのではないでしょうか。
家族信託や遺言書の作成といった対策は、決して「老後の準備」ではなく、残された家族を守るための「思いやり」です。判断能力が十分にある「今」だからこそ、ぜひ一度ご家族や専門家にご相談してみてはいかがでしょうか。
