編集部:
『終活整理手帖』では、特別企画として、終活にまつわるプロフェッショナルな先生方による対談をお届けしております。
今回は、相続相談事業をされている島崎先生と、ファイナンシャルプランナー岡田先生、弁護士の中島先生をお招きし、御三方によるお話を伺っていきましょう。
皆様、よろしくお願いいたします!

画面左より(敬称略)

島崎 岳彦 (しまざき たけひこ)
相続診断士・経営コンサルタント/Sprout 代表

中島 央貴 (なかじま ひろき)
弁護士/梅田セントラル法律事務所

岡田 晃 (おかだ のぼる)
ファイナンシャルプランナー/RaisonPartner株式会社 代表
島崎:
よろしくお願いいたします。
私は普段、いろんな士業の先生の方々と協力し、相続相談会をさせていただいております。
本日は、そんな私がファシリテーターを務めさせていただき、日頃大変お世話になっている弁護士の中島先生と相続専門ファイナンシャルプランナーの岡田先生と一緒に、実務の現場で見えてくる「相続対策のリアル」について深く掘り下げていきたいと思います。
岡田・中島:
よろしくお願いいたします!
編集部:
まさに『終活整理手帖』は、これから終活や相続の準備を始めようとされている方々が、最初に正しい情報に触れるための大切な玄関口だと思っていますので、先生方が出会うリアルな実情はすごく興味深いですね!
島崎:
その中でも、まず話したいテーマとして、私たちが実際に現場でよく目にする「良かれと思って提案されたプランが、かえって予期せぬ摩擦を生んでしまう典型的な事例」を分かりやすく解説し、読者の皆様への道標にしたいと考えております。
よくある相談のきっかけとセカンドオピニオン
島崎:
それでは早速、具体的なテーマに入っていきましょう。
岡田さん、私たちの相談会には、すでに他社や大手金融機関で一定の生前対策をスタートされている方が、いわゆる「セカンドオピニオン」を求めて来られるケースが非常に多いですよね。
岡田:
ええ、まさにその通りです。
ある典型的なケースをお話ししますと、すでに大手の金融機関様と遺言書作成や遺言執行の契約を結ばれている高齢の相談者様が、私たちの元へお見えになったことがありました。
その方の契約書を拝見すると、当初は総額で「108万円」ほどの提示だったものが、相談者様が他社への相談を検討している旨を伝えると、最終的に「88万円」に値下げされていたのです。
島崎:
なるほど。価格の交渉が行われたわけですね。
しかし、内容に不穏な点があったのでしょうか。
岡田:
はい。
契約内容自体が切り替わっており、「全体の金額をディスカウントする代わりに着手金55万円を先にいただき、将来的にどのような事情で中途解約されても一切返金しない。」という条項が含まれていました。
ご本人がまだお元気で、実際の遺産整理手続きが始まってもいない段階で、高額な着手金によって選択の自由が狭められてしまっていたのです。
中島:
なるほど、形式上は適正な契約書であっても、相談者様からすれば「本当にこのまま進めて良いのだろうか」という心理的な囲い込みを感じてしまい、それが不信感に繋がって私たちの相談会に足を運ぶきっかけになったのですね。
岡田:
おっしゃる通りです。
さらに深掘りしていくと、その不信感の根底には、過去に別の親族の相続を同じ窓口で進めた際、ご家族の感情を置き去りにした事務的対応によって、非常に深い親族トラブルに発展してしまったという、過去の苦い経験がトラウマとして残っていることが分かったのです。
「遺言執行者」の指定が義務付ける一斉通知の盲点

島崎:
過去の苦い経験、ですか。
一般の感覚ですと、信頼できる大手金融機関に「遺言執行者(遺言の内容を忠実に実行する責任者)」になってもらい、手続きをすべて丸投げできれば一番安心だと思ってしまいがちです。
中島先生、法律の専門家である弁護士の視点から見て、ここにはどのような落とし穴が存在するのでしょうか。
中島:
法律実務の観点から申し上げますと、「遺言執行者の指定」が、親族間の寝た子を起こすような紛争の引き金になることがあります。
分かりやすいように、よくある典型的な家族構成をモデルとしてシミュレーションしてみましょう。
島崎:
ぜひお願いします。どのような関係性でトラブルが起きやすいのでしょうか。
中島:
相続の相談の中では、疎遠な親族には遺産を渡さず懇意にしている親族にのみ遺産を渡したい、というご要望があります。
岡田:
実務でも非常によくお見かけする、「できるだけ財産を渡したくない、波風を立てたくない疎遠な親族」が存在する典型的な類型ですね。
中島:
その通りです。
ご家族の切実な願いは「疎遠な親族にはできるだけ財産を渡したくなく、今の穏やかな生活を壊されたくない」という点に尽きます。
しかし、一般的なパッケージプランでは、個別の事例のニーズを理解せず「銀行を遺言執行者とする公正証書遺言」を作成し、疎遠な親族とも接触する必要が生じる遺言書を定型的に作ってしまうことが多いのです。
これが実は、必要以上に親族間の摩擦を生むこともあります。
島崎:
手続きを綺麗に進めるための遺言執行者が、なぜトラブルの原因になってしまうのですか?
中島:
民法上の規定により、遺言執行者に就任した者は遺言の内容や遺産の内容を相続人全員に通知しなければならないという通知義務を負っています。
もし、遺言執行者に指定せず、例えば特定の親族に全てを相続させるというシンプルな公正証書遺言だけを作成していたならば、疎遠な親族と必要以上に接触することなく遺言の目的を達成できる可能性があります。
岡田:
なるほど。遺言執行者をつけるとあまり連絡を取りたくない親族にも積極的に連絡を取らなくてはいけない事態になりますものね。
中島:
ですから、私たちのように紛争の実務に精通した弁護士であれば、「遺言執行は便利かもしれませんが「あえて遺言執行をつけない選択肢」も当然視野に入れてアドバイスを行います。
しかし、杓子定規な対応をしてしまうと、結果として、「寝た子を起こす」羽目になります。
わざわざその疎遠な親族の元へ「あなたの相続分はこれだけです」と書面を届けることになり、「なぜこれだけなのか」という相手方の権利意識を早期に刺激してしまうのです。
パッケージプランのマニュアル対応が踏み抜いた親族間の地雷
島崎:
事務的な正しさを優先した結果、相談者の「波風を立てたくない」という最大のニーズが根底から崩れてしまうわけですね。
中島:
他に問題があった事例としては、法律上の義務の枠を超えて、大手金融機関の担当者がご家族の「感情の地雷」を理解せずに遺言執行の処理を進めてしまっていたケースがありました。
先ほどの疎遠な親族とあまり接触したくないケースで言えば、遺言執行者としての通知を送るべき対象はあくまで相続人本人です。
しかし、過去の経緯や関係性を十分に把握していない大手金融機関の担当者が、連絡が取りやすいからという理由で、依頼者が最も嫌悪している相続人本人の親(当該親は非相続人)へ先に連絡を入れてしまうというようなことがありました。
岡田:
それはご家族からすれば、最も避けたかった最悪の展開ですね。
法律上、その親に通知する義務はあったのでしょうか。
中島:
一切ありません。
完全に余計なコンタクトです。
案の定、その親が主導権を握る形で疎遠にしていた相続人を焚きつけ、泥沼の紛争へと発展してしまっていました。
島崎:
金融機関の担当者様は、数年おきに必ず転勤や異動で変わってしまいますから、「この人にだけは絶対に接触してほしくない」という、家族の歴史に基づく極めて重要なエモーションの情報が、引き継ぎの過程で抜け落ちてしまう構造的な問題もあるのでしょうね。
中島:
その通りだと思います。
本来、遺言執行者を立てる最大のメリットは、バタバタしている遺族に代わって、面倒な不動産の登記申請や、多数の銀行口座の解約に伴う戸籍収集などの「事務作業」を丸投げできる点にあります。
しかし、このような重大な紛争誘発リスクというデメリットを上回るメリットがあるかと言えば、疑問が残るケースもあります。
戸籍集めや登記手続きであれば、司法書士や弁護士に依頼すれば、余計なリスクを排除した上で、総額としても圧倒的に安く、安全に処理できることばかりなのです。
財産内訳を無視した「孫への生前贈与」というロジックの罠
島崎:
ここまでは、事務手続きの画一化が引き起こす感情的な紛争リスクについてお聞きしました。
ここからは、より具体的な「お金の流れとシミュレーション」について掘り下げていきたいと思います。
岡田さん、相続税対策として非常によく使われる「生前贈与」ですが、ここにも部分最適の罠が潜んでいるそうですね。
岡田:
はい。先ほどお話しした複雑な親族関係があるご家庭(仮に高齢のおばあ様と、同居する長女様のご家族)のケースをベースに、別のお金のシミュレーションをお話しします。
このご家族は、将来またあの疎遠な親族から遺留分を請求されるかもしれないと非常に恐れておられました。
そこで、お付き合いのある窓口に相談したところ、「今のうちにおばあ様の総財産を圧縮して、将来請求される遺留分の基準額そのものを小さくしましょう」という提案を受けたのです。
島崎:
財産をあらかじめ減らしておくというのは、生前対策の王道のように思えますが、具体的にはどのような方法だったのですか?
岡田:
同居している大切な長女様側のお孫さんたちに対して、毎年1,000万円単位という多額の生前贈与を必死に実行されている状態でした。
中島:
なるほど。
法律的な観点から補足しますと、高齢の親から直接の相続人である「お子様(長女)」に対して生前贈与を行うと、税法の改正により、お亡くなりになる直前7年間(段階的に延長)の贈与は相続財産に「持ち戻し」て計算されてしまうルールがあります。
しかし、相続人ではない「お孫さん」への贈与であれば、原則としてこの持ち戻しルールの対象外(※遺留分対策としては、原則として相続開始前1年間の贈与、または当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってした贈与等に限定される)となるため、おばあ様が88歳というご年齢であることを考えれば、財産を圧縮する「手法のロジック」としては一見、非常に整合性が取れているように見えますね。
岡田:
ええ、中島先生のおっしゃる通り、部分的な手法としての理屈は合っているんです。
しかし致命的なのは、そのご家族の「財産の内訳」を完全に無視したプランになってしまっていた、という点にあります。

2019年民法改正の恐怖:「遺留分は100%現金払い」というルール
島崎:
財産の内訳を無視する、とはどういうことでしょうか。
現金を家族に移しているだけなら、問題はないように思えますが。
岡田:
問題は、そのおばあ様が保有している財産の大部分が「現在非常に価値が高騰している都心の分譲マンション(長女様と同居中)」であり、手元にある現預金(キャッシュ)自体はそれほど多くなかった、という点にあります。
不動産の評価額が高騰するということは、将来、あの疎遠な親族から請求される「遺留分の金額」も比例して跳ね上がることを意味します。
おばあ様が亡くなられた際、現預金と高騰したマンションを合わせた総財産から計算すると、相手方の法定相続分が4分の1であれば、請求される遺留分の金額は軽く3,500万〜4,000万円規模にのぼる可能性があると試算できました。
島崎:
ここで、多くの方がまだご存知ない、非常に重要な「法律の罠」が絡んでくるわけですね。
岡田:
その通りです。
2019年の民法改正により、「遺留分侵害額請求」を受けた場合、遺族は昔のように「不動産の持分を一部分けて共有名義にする」といった代物弁済的な対応は原則できなくなりました。
法律上、「100%現金(金銭)で支払わなければならない」というルールに変わったのです。
中島:
ここが本当に恐ろしいポイントです。
もしおばあ様が、遺留分を減らしたい一心で、手元にある貴重な現金をすべてお孫さんへの生前贈与に回しすぎてしまうと、いざ相続が発生したときに、残された長女様の手元には、相手に支払うべき「3,500万円以上の現金」が残りません。
それどころか、長女様は自分自身の相続税も現金で納付しなければならないのです。
岡田:
そうなんです。
おばあ様や長女様が「このお気に入りのマンションにずっと住み続けたい、次の代まで残したい」とどれほど強く願っていたとしても、現金を減らす対策をやりすぎた結果、いざ相続が起きたら遺留分と税金を払うために、その大切な自宅マンションを売却せざるを得なくなるという、本末転倒極まる悲惨な結末を招きかねない状態でした。
編集後記
今回、御三方の対談が非常に濃密でしたので、前後篇という形で分けてお届けいたします。
ここまで、「良かれと思った節税対策」が、最終的に最悪の引き金を引いてしまうという、全体像を見ずに、一つの手法だけを突き進めることの危うさについて話していただきました。
後篇では、さらに、難易度の高い相続対策という領域において、大手機関が孕む構造的課題などについて詳しく伺っていきます。
後篇も是非チェックください!
